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ヒルトップ・フッズ、アデレードの路地名に 両側には壁画
クラブハウス・レーンが新しい名前になった
アデレード中心部のクラブハウス・レーン(Clubhouse Lane)は、2026年10月15日の式典でヒルトップ・フッズ・レーン(Hilltop Hoods Lane)に改称された。ヒンドリー・ストリート(Hindley Street)から入る路地で、地元出身の3人組ヒップホップグループ、ヒルトップ・フッズ(Hilltop Hoods)をたたえる。
メンバーは現在もアデレードを拠点に暮らしている。自分たちがよく知り、愛着を持つ街の中心に名前が残ることを、大きな栄誉と受け止めた。メンバーのプレッシャーは、ラジオ局Double Jのディラン・ルイスに、この一帯でライブをした楽しい思い出があると話した。
地元作家の大型壁画2点が路地の両側に並ぶ
アデレードのアーティスト、ヴァンズ・ジ・オメガ(Vans the Omega)が、路地の両側に大型壁画を制作した。ABC Newsによると、2点にはヒルトップ・フッズの姿と、グループに関連する図像が描かれている。
作家が重視したのは、グループと熱心なファン、さらに広い市民とのつながりだという。世代を超えて聴かれてきた音楽と、それとともに過ごした人生を振り返る場所を目指したと説明した。
市の音楽を記念する路地の6か所目になった
ヒルトップ・フッズ・レーンは、アデレード市の「City of Music Laneway」コースに6か所目として加わった。ABC Newsによると、既存のコースにはコールド・チゼル、シーア、ポール・ケリー、ノー・フィクスト・アドレス、ジ・エンジェルズを記念する場所が含まれる。
オーストラリアのヒップホップグループの名前が路地に付けられるのは、ヒルトップ・フッズが初めてだ。ジェーン・ロマックススミス市長は、グループが豪州の音楽と文化に長く影響を与えてきたことを評価した。チャートでの成功に加え、複数の世代にまたがるファン層を築いたことにも言及している。
グループの歩みは1994年のブラックウッドに始まる
ヒルトップ・フッズは1994年、ブラックウッドの丘陵地帯で十代の頃に活動を始めた。メンバーはサファ(Suffa、本名マシュー・ランバート)、プレッシャー(Pressure、本名ダン・スミス)、DJデブリ(DJ Debris、本名バリー・フランシス)の3人だ。ABC Newsは、豪州のヒップホップをアンダーグラウンドから主流へと押し上げたグループとして紹介している。
同記事が挙げた実績は、ARIAアルバムチャート首位7作品、ARIA賞10回、APRA賞6回。アルバム販売は100万枚、ストリーミング再生は20億回を超え、全国のアリーナツアーも複数回完売している。triple jの年間「Hottest 100」には、音楽グループとして最多となる27回のランクインを記録した。
2003年の代表曲「The Nosebleed Section」は、記事で前年の投票として紹介された豪州楽曲の「Hottest 100」で2位に入った。同じ投票では「Cosby Sweater」が64位、「1955」が73位だった。
壁画を見るなら人物と関連する図像に注目できる
ヒルトップ・フッズ・レーンでは、同じ音楽グループを扱った2点の壁画を一つの路地で見られる。ストリートアートを追う人には、両側の壁に描かれた人物や図像と、音楽を記念する路地という背景が手がかりになる。ほかの街の作品も探す際は、地図からたどれる。
出典:ABC News, "Hilltop Hoods honoured with laneway and mural in Adelaide CBD"(2026年10月15日)